大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和28年(オ)38号 判決 1957年2月22日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士田中徳一の上告理由第一、二点について。

原判決が引用する第一審判決は、民訴七七四条二項一号にいわゆる「法律ニ於テ公示催告ヲ許ス場合ニ非サルトキ」とは、現にとられた公示催告手続について抽象的一般的にこれを認める法律上の根拠を全然欠く場合をいうのであつて、苟くも抽象的一般的に公示催告を許す旨の法律の規定のある限り具体的個別的の公示催告手続内でなされた事実認定が不当である場合の如きはこれに包含されないと解すべき旨を判示しており、右の判示は相当と認められるから、これと反対の見解を前提として、原判決には民訴七七七条、七七八条の解釈を誤つた違法があるとする第一、二点の所論は理由がない。

同第三点について。

甲第二号証の一、二についての所論原判示は相当であつて、本件株券が盗難に罹つたものでないとしても、右の原判示を左右するものではないから所論は採用できない。

同第四点について。

原審において、上告人が本件除権判決の取消を求める外、これに併せて右除権判決の無効確認を求める趣旨は必ずしも明らかでないのであるが、この点に関して原判決の判示するところは、株券につき、公示催告手続がなされ除権判決があつた以上、株主より任意に株券の交付を受け善意無過失にこれを占有している者がありとしても、これがために除権判決の当然無効を来すものではないとの趣意に帰着するのであつて、この限りにおいて原判決に違法ありとすることはできない。所論は、ひつきよう、原判示を正解せざるにでるものであつて、とるを得ない。

同第五点について。

民訴七八一条についての所論原判示は相当であつて、所論は独自の見解に帰し、原判決には所論の違法はない。

同第六点について。

記録によれば、上告人が原審において民訴七八二条二項に定める取引所における公告を欠くことをもつて除権判決に対する不服申立の理由の一として主張しているものと認めるの外はない(当初上告人は新聞紙及び取引所における公告の欠缺を主張し後新聞紙についての主張のみを撤回したものと認められる)。従つて、上告人の請求を排斥するにつき右の主張について判断を加えた形跡が認められない原判決に判断遺脱の違法があるとする所論は理由があるものといわなければならない。しかし、本件公示催告裁判所である東京簡易裁判所の所在地は「下級裁判所の設立及び管轄区域に関する法律」別表第四表において「東京都千代田区」と定められており、民訴七八二条二項の取引所と認むべき東京証券取引所が当時右千代田区内に存しないことは明らかであるから、同条項の「公示催告裁判所ノ所在地ニ取引所アルトキ」に当らないものというの外なく、本件公示催告手続において東京証券取引所におけ公告を欠いても、民訴七七四条二項二号に該当するものではないと解すべきである。従つて前記原判決の違法は、結局において本件除権判決に対する不服申立を理由なきものとして排斥した原判決に影響を及ぼすものではないから、これがため原判決を破棄する理由とはならない。

よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官小谷勝重の少数意見を除き、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官小谷勝重の少数意見(論旨第六点に対する)は次のとおりである。

民訴法上「裁判所ノ所在地」と規定されている条項は多数ある(例えば、一七〇条、四四二条、五二七条、五九〇条、六四六条、六六九条、七〇九条、七七四条、七八二条等)。そして右「所在地」とは、従来「最小行政区劃」である地と解されている。

そこで、民訴七八二条二項の「公示催告裁判所ノ所在地ニ取引所アルトキハ取引所ニモ亦此公告ヲ掲示ス可シ」、とある、「裁判所ノ所在地」の意義も右と同様に解釈すべきものであろうか。問題はこの点に存するのである。

新憲法実施による裁判所制度の改革に伴い、昭和二二年区裁判所が廃止された結果、昭和二三年法律第一四九号により、公示催告手続の管轄裁判所を定めた民訴七六四条二項が改正され、従来区裁判所の管轄であつたのが簡易裁判所の管轄に改正された結果、本件公示催告手続は東京簡易裁判所で受理手続がなされたものである。

そこで順序上、先づ東京区裁判所管轄当時のことから説明すると、同区裁判所は古い時代は省略して、明治二九年一二月司法省告示第八〇号による東京市麹町区(八重洲町二丁目三番地)及び明治三一年一二月司法省告示第一八号による東京市芝区(巴町三番地)当時より、大正九年から昭和二二年同裁判所の廃止されるまでの間は、大正九年七月司法省告示第二八号により、同裁判所は「東京市麹町区」(西日比谷町一番地)にあり、この間昭和一八年東京都制の実施後同地は「東京都千代田区」となつたのであるが(すなわち昭和二二年三月五日東京都告示第一二七号により、同年三月一五日より「千代田区」となる)、同裁判所の所在場所そのものには何等の変更がなかつたのである(戦災等による仮庁舎移転の期間を除く)。そして市制時代も、都制時代も、また現制地方自治法時代においても、東京の「区」は市または都とは別個の最小行政区劃をなす法人であり(市制六条、明治四四年勅令第二三九号、東京都制一四〇条、地方自治法一条の二、二条、二八一条)、したがつて東京区裁判所の右最後の所在地は従来どおりの説によると、その地の最小行政区劃である「麹町区」または「千代田区」が所在地となるのである。これによれば右麹町区または千代田区には民訴七八二条二項に該当する取引所はないのであつて、ただ東京区裁判所の管轄区域は市制当時は東京市の全区域とその他の或る郡部と島地、都制当時は東京都のうちの区の存する全区域とその他二十三の島地であつたから(大正二年法律第九号裁判所の管轄区域に関する法律及び東京都制一九一条参照)、右管轄区域内である市制当時の日本橋区(兜町一丁目)、都制後の中央区(日本橋兜町一丁目)に東京株式取引所または東京証券取引所(昭和一八年以降)があるのである。そして東京区裁判所はその存置の時期を通じ右東京株式取引所に民訴七八二条二項に該当する公告掲示をなし来つたことは、当最高裁判所に顕著な事実である。しかし右取引所の公告掲示は民訴七八二条二項の解釈適用としてなされたものであるか、また便宜的な行政的措置としてなされたものであるかは今日その資料を詳らかならしめ得ないのであるけれども、むしろ積極的な特別資料が発見されない限り、また右は数十年間実施(すなわち無記名株券に関する公示催告の制は民法施行法五七条、記名株券に関しては昭和一三年法律第七二号による商法二三〇条の改正による)され来つたところから考えても、右は民訴同条項の解釈適用の結果であると解するのが、素直な解し方であるとしなければならない。けだし民訴法所定の公示催告手続における取引所公告掲示の如き重要なる事項は法令の解釈適用の結果でなければ裁判所は容易になすものとは信ぜられないからである。そうすると、民訴七八二条二項の「公示催告裁判所ノ所在地ニ取引所アルトキ」との「裁判所の所在地」とはこの場合「裁判所の管轄区域」と解釈したものと信じなければならない。そしてわたくしはこの解釈は正当であると信ずるのである。

そもそも公示催告手続殊に株券に関する公示催告手続の性質及びその目的たる失権の効果(民訴七六四条、七八四条)の重要性に鑑みるとき、申立人自身においてなすべき「詳細ナル探知」(民訴七六九条二項)の如きはいうまでもないところであつて、公示催告手続の中心となり根幹となる課題はその名の示す如く「公示」すなわち「公告」の一事に尽きておるものであることは、民訴第七編同手続の各条項、殊にその七六六条、七六七条、七七四条二項二号、七八二条、七八三条等によりまことに明らかであるといわなければならない。されば公示催告手続における「公告」に関する規定は公示催告手続の目的とその効果を過不足なく完うするように解釈され運用されねばならないことはいうまでもないところである。若しそれ、「裁判所ノ所在地」とは「最小行政区劃」たる地であり、その地内には取引所は存しないとの一片の形式的な解釈をもつて事は足れりと解するが如きは、公示催告手続・就中株券に関する同手続の何者たるやを理解せざる者の言といわなければならない。況んやわが国の政治・経済・文化の中心都市たる東京都において、その都の中央区(区名また然り)に存在する証券取引所に民訴七八二条二項の公告は無用であり否公告すべきものでない、というが如き解釈が果して条理のよく認容するところであろうか。すなわち叙上の如き解釈はわが経済社会における国民生活上到底首肯し得ないところであり、株式に関する取引の安全と正当なる権利を保護せんとする公示催告手続の法の精神に甚しく背馳するものといわなければならない。

さて、新憲法により裁判所制度の改革により、旧東京区裁判所の管轄区域内には一五の簡易裁判所(東京、新宿、台東、墨田、大森、渋谷、中野、豊島、東京北、足立、葛飾、江戸川、八丈島、伊豆大島、新島)が設置されるに至つた。そして既掲昭和二三年法律第一四九号(施行同二四年一月一日)により民訴七六四条二項の改正の結果、公示催告手続の管轄裁判所は、一つの東京区裁判所の管轄から右一五の新たな簡易裁判所の管轄に分割されるに至つたわけである。その結果民訴七八二条二項取引所公告掲示の規定に重大なる影響を及ぼすことが燎然として明らかとなつたにかかわらず、右昭和二三年法律第一四九号による公示催告手続の管轄裁判所に関する民訴七六四条二項の改正に当り、この改正に対応する取引所の公告掲示に関する同七八二条二項の改正措置を講ぜずして放置したことは、まことに立法上重大なる過誤であつたといわなければならない。そして右簡易裁判所のうち、東京簡易裁判所は東京都「千代田区」がの所在地であり、したがつて「裁判所ノ所在地」に関する一般的の解釈ではこの地には取引所は存在せず、ただ同裁判所の管轄区域は、「千代田区、中央区、港区、文京区」(昭和二二年法律第六三号、下級裁判所の設立及び管轄区域に関する法律別表第五表)であるから、この点より東京簡易裁判所のみはその管轄区域内たる右「中央区」に東京証券取引所があるから、既述東京区裁判所当時と同様の解釈(すなわち民訴七八二条二項の「公示催告裁判所ノ所在地」とは「……裁判所の管轄区域」との解釈)によれば、わずかに同裁判所による公示催告手続のみが同取引所に公告掲示を要するに過ぎないのであつて、爾余の東京区裁判所管轄区域であつた地域にある既掲東京簡易裁判所以外の一四の簡易裁判所は勿論、右のうち東京都のうち区の存する地域内に在る同掲一一の簡易裁判所においてすら右取引所の公告掲示はこれをすることを要しないこととなつたのである。

そして、裁判所制度の改革による公示催告手続の管轄裁判所の変更は、ただいわゆる事物管轄として地方裁判所でなく簡易裁判所の管轄に変更しただけであつて、取引所における公告掲示の制そのものを廃止または制限する必要があつたために簡易裁判所の管轄に変更したものでないことは、これに関する民訴七八二条二項はそのまま存置された一事によつても明らかであるこというまでもないところであるから、叙上の全沿革に照すときは、旧東京区裁判所の管轄区域内である地をその所在地とする各簡易裁判所はすべて東京証券取引所に公告掲示をするを要するものと解することがむしろ法の精神に合致する如く一応も二応もその感がするのである。しかし斯くては沿革重視に偏倚し、あまりにも右改正後における法条の明文を無視した解釈であるとのそしりを免れえないものであつて、右は全く立法上の不備欠陥として、ただ急速且つ適正な改正立法の措置に俟つの外なきものと解するを正当と信ぜられるのである。しかし東京簡易裁判所だけは旧東京区裁判所当時の解釈と同様、東京簡易裁判所の「管轄区域」に在る東京証券取引所に対し、当該公告掲示をするを要することは勿論であるといわなければならない。

以上の如くであるから、本件公示催告手続の管轄裁判所(本件の管轄裁判所、民訴七七九条参照)である東京簡易裁判所が右公告掲示の手続を欠いたときは民訴七七四条二項二号により本件除権判決に対する不服申立の事由となるものであり、戦時民事特別法三条の規定は現在なおその効力を有するものではあるが、右は「裁判所カ官報及新聞紙ヲ以テ為スヘキ公告ハ官報ノミヲ以テ之ヲ為ス」とあつて、民訴七八二条二項の取引所の公告掲示はこれに該当しないから、右の公告掲示を欠いておるとの上告人の主張に対し、何ら判断を与えていない原判決は違法であり、そして右判断遺脱の違法は当然判決に影響を及ぼすものであること明らかであるから、論旨は理由があつて、原判決はこの点において破棄を免れず、したがつて右公告掲示の有無を審査せしめるため事件を原審へ差し戻すべきものとする。

しかるに多数意見は上叙管轄裁判所の変遷並びに東京区裁判所の管轄当時数十年の長きにわたり既述取引所公告掲示を実施していたこと、当最高裁判所に顕著な事実に対し一顧の説示をも与えず、ただ民訴七八二条二項の「裁判所ノ所在地」とあるのに対する一片の形式解釈の下に本点論旨を排斥し去つたのは、わたくしの到底賛同し得ないところである。

おわりに、上叙立法上の欠陥は、速かに立法的措置をもつて是正されるべきであり〔註一〕〔註二〕、昭和三〇年九月一七日附「東京地裁民庶第一三一号」東京地方裁判所長発、東京地方裁判所管内各簡易裁判所宛通達(その通達要旨、同地方裁判所管内各簡易裁判所の受理する公示催告手続については、昭和三〇年九月二七日以降、すべて東京証券取引所に民訴七八二条二項所定の如き公告掲示をなすよう取り計らわれたしとの通達)は、もとより法的解釈に基いた指示ではなく、行政的便宜的な指示通達であるから、右各簡易裁判所が右公告掲示を欠いた場合、通達に対する行政違反となるは格別、多数意見によれば少しも法律違反とはならないのであるから、民訴七七四条二項二号の不服申立の事由とはならないのである。したがつてことは重要といわなければならない。しかし右の如き通達を必要とすることそれ自体明らかなる如く、その現実なる要請があつて存する以上、国民の権利を譲り取引の安全を図るため、かかる重要事項につき、便宜・安易・不正確な行政措置に甘んずることなく、法的正確なる立法措置を講ずることの緊要であること寸言の要を見ないのである。

なお参考として、昭和二八年より同三一年に至る、東京地方裁判所管内各簡易裁判所の管轄受理した公示催告手続の右最近四年間における受理件数は、昭和二八年一、一六四件(うち、東京簡易裁判所のみの受理件数一、一五五件)、昭和二九年八八三件(うち、同上七三七件)、昭和三〇年九一七件(うち、同上七六六件)、昭和三一年九四〇件(うち、同上七一三件)の多きにあるのである。そして右総件数のうち、「株券」に関する事件の件数は、この点に関する細別の統計なきため精確な数字は不明であるが、概算して公示催告手続申立事件総数の約七〇%ないし八〇%の割合を占めているとの由である(以上東京地方裁判所統計による)。

〔註一〕すなわち、(イ)民訴七八二条二項自体を適当に改正するか、(ロ)または東京都の区の存する地域に在る各簡易裁判所は、民訴七八二条二項の適用については東京都のうち区の存する全地域をもつてその所在地とみなす旨の単行的立法、(ハ)もしくは、民訴七八二条二項の「所在地」を「管轄区域」に改めると共に、東京都の区の存する地域に在る各簡易裁判所の管轄受理する公示催告手続は、すべて「東京簡易裁判所」のみが取扱うものとする、単行立法、の以上何れかの立法的措置を講ずるを至当と考えられる。

〔註二〕大阪市及び京都市の「区」は、旧市制当時は市とは別個の法人格を有し(市制六条及び明治四四年勅令第二三九号)、市の次に位するいわゆる「最小行政区劃」たる地であつたと解すべきであるが、現制地方自治会においては昭和三一年六月一二日法律第一四七号により地方自治法中改正された、同法二五二条の一九、二五二条の二〇及び同年七月三一日政令第二五四号各所定の「指定都市」たる「大阪市、名古屋市、京都市、横浜市、神戸市」のうちの各「区」は法人格は有しないと考えられるのであるが、しかしいわゆる「最小行政区劃」たるには必らずしも法人格の有無はその要件ではないのではないかとの疑問があり(右昭和三一年法律第一四七号をもつて改正削除された、前の地方自治法一五五条三項の「行政区に関する規定は、前項の区にこれを準用する」との規定、及び昭和二二年五月三日政令第一七号の本文並びにその附則各参照)、そこで右「区」が「最小行政区劃」であるとするならば、右指定都市にはその市の区域内に何れも数ケの簡易裁判所が設置されており、そして右各市には何れも一ケの証券取引所が設立されているから(但し横浜市のみは、現在証券取引所の設立はない)、右各市域内に在る各簡易裁判所の管轄受理する公示催告手続の取引所公告掲示を実施する必要があると考えられるので、右指定都市についても東京都の場合と共に、同様の立法措置が講ぜられるべきであると思料する。もしそれ行政上右指定都市の「区」はいわゆる最小行政区劃ではなく、「市」そのものが最小行政単位(すなわち最小行政区劃)であると明確に解釈されるものであるならば、右各市の市域に在る各簡易裁判所は、その「所在地」は何れも「市」となるのであるから、右指定都市に関する限りは民訴七八二条二項のままでも支障はないことになるのである。

本件は東京簡易裁判所の管轄受理事件であり、したがつてわたくしの意見も東京都の場合に限定したのであつて、右指定都市の「区」については詳細に調査の暇がないので、以上は疑問をもちつつ附言したものであることをことわつておく。

(裁判長裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 池田克)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例